スピリチュアルマジック

魔法と宗教

 今回は究極のテーマになります。宗教です。
宗教とは一種の魔法なのかもしれません。ここでは、賛否が極端に分かれやすいと思いますが、ある程度客観的な見方のひとつとしてお読みください。

世界でもっとも多くの人を統治しているのは何でしょうか?アメリカでしょうか?中国でしょうか?インドでしょうか?それは国として機能しているかもしれませんが、強制的な統治形態であることは事実です。しかし、実は心を統治し、世界最大の人々を動かせるものこそ、宗教なのです。キリスト教、イスラム教などの巨大な宗教では、人々の心は無条件に忠誠を誓います。

もし、たとえばキリスト教のイエスが実在しなかったとしたらどうしますか?実は、研究機関によるとキリスト教は古代ローマ帝国が人民を統括するために一部の人間が意図的に作ったものだ、という研究すらあります。そして、聖書や教えのほとんどは古代エジプト宗教のコピーである、と結論付けています。それが本当かどうかは、さらに研究も必要ですが、おそらく真実はローマ教会しか知らないでしょう。

ですが、もしこれが本当に偽りの宗教であったとしても、いまや世界のキリスト教徒は脱会することもないでしょう。それは人生に必要不可欠な心の芯となってしまっており、それがどんな妨害にあっても、だれも心を曲げようとはしないでしょう。信心深い信者であるほど、その姿勢はかわりません。

これは何を意味するのでしょうか?

人間には目に見えないものを信じることが必要なのです。人間は、なにか神という未知の存在を信念として持つことが生きるために宿命となっているのです。人間の現実の力には、限界があるのです。人間は、現実の世界以外の力がほしいのです。それは紛れもない事実なのです。そして、その最大の力、目に見えない力を与えているのが宗教とも言えるのです。

目に見えない力を信じる…これは言葉を変えれば魔法を信じることとほぼ同じです。

宗教を信じて、何かから救われた人や病から立ち直った人などは数え切れないくらいいます。それは、もしかしたら、信じることでなにか別の力を得たからこそ、そうなったのかもしれません。この信じる→願う→力を得る→救われる、という流れは魔法の力と同じとすらいえます。

冷静に考えてみれば、人間には宗教が必要な以上、やはり目に見えない魔力・神の力を必要とするのが人間といってもいいでしょう。であるなら、魔法を信じないというほうが無理があります。魔法は、人間の目に見えない隠れた力そのものです。あえて言ってしまえば、宗教は魔法そのものともいえるのです。