癒す毎日

誰のために生きるか、何のために生きるか

なんとなく疲れがたまってしまうと、毎日朝から動き出すのがつらくなります。そんな最近、だらだらとした感覚で生活してしまっていました。

今日、長い付き合いの友人からメールがありました。奥さんが亡くなったというメール。言葉がでませんでした。なんとなく、最近友人の態度も普通じゃなく、奥さんが病気がち程度には聞いていたので不安な気持ちもありました。それがこんなことになってしまって。50代だったですので、あまりに早いとしか言えません。本当に絶句しました。

だんだん年もとってきて、いずれ自分も終わりを迎えることはしっています。しかし、どこかでまだその現実を忘れようとして生きています。そうじゃないと、いつも生死感をもっているのも正直暗くなってしまうので仕方がないです。

ですが、こういうときにやはり現実に引き戻されます。

人間て何でこうつらい時間を味わいながら生きていないとならないんでしょうか。どれだけ幸せな時間を過ごしても、たいていはどんな人でもつらさに耐えないとならない時間だってたくさんあります。

ある人が言ってました。
「僕は神を信じない。なぜなら、人間はつらいことを背負って生きる宿命から逃れられないから。神様がいるならなぜ苦しみを取り除いてくれないのだろう」

今日はこの言葉が胸に刺さるように思い出されました。

 

人間は何故、なんのために生きているんだろうか。こういう問いかけは世の中にいつもありますが、今日は自分に問いかけました。

昔は「自分の夢を実現するため」とか本気でやってました。今でもどこかにあるでしょう。でも、最近よくおもうのは、生まれてきたからには誰かの役に立ちたいということです。自分の人生なので、自分だけの幸せを追求してもいいとおもいます。でも、残り時間が減ってくるにつて何故か私に限らずこういう理由で生きていく人が多くなってきました。

もしかすると、人間がなぜ生きるかっていうのは、結局は自分だけじゃなく皆が幸せになるために生きているのかもしれない、とふとおもいました。

友人の奥さんがハワイが好きだったのですが、その友人からメールの最後に「またハワイ行こう。カミサンが好きだったから」と書いてありました。なんとしても、もう一度奥さんをハワイに連れて行って笑顔を見たかったんでしょう。それが彼にとっても喜びだったでしょう。

人間はやっぱり自分だけの幸せよりまわりの皆が幸せになるほうが大きな喜びなのでしょう。

なんとなく、考えたことだけ書きました。正しいかどうかなんてわかりません。今日はそんなこと判断もできないです。