日本人の心と癒し

日本人の心を癒す神道・森羅万象の神々

日本人の心が癒されるとき。それは、おそらくは日本人の意識が最も自然に生まれる場所であり、そんな時ということでしょう。もし、日本人が中東の砂漠にいれば、心は落ち着かないでしょう。同じように、ニューヨークの真ん中にいても緊張が先で安らぎはありません。しかし、砂漠で育った人にとっては、それこそが自然であり自分の心の癒される場所なのです。ニューヨークの摩天楼や地下鉄を日々眺めて育った人には、それこそが普通の毎日なのです。

日本人がどれだけ海外で生活しても、または育って旅立っていっても、自分の生まれ育った場所に戻って四季の色や香りに接すると、それだけでなぜか喜びや安らぎを覚えるのも当然のことなのでしょう。日本の自然と四季の景色は、我々日本人を育てている環境であり、おおきなゆりかごのようなものなのです。

 日本人は古来から新道という独特の多神教をもっています。それは、日本にだけ育った神に対する考え方です。森羅万象に宿る神々は、我々とともに存在するという意識、つまり、天から見守るという思想よりも、我々のそばにいる神々という思想は、まさに私たち日本人が日本という環境の中で神とともに生き育ってきたという観念に基づくものです。これだけ、自分たちの自然環境や自然生物などに対する敬神的な心があるわけですので、日本人が日本にいて癒されるのは当然のことなのです。

今は文明も驚異的な発展を見せ、すでに東京や大阪などの大都市ではそのようなかつての自然環境と接する土壌は激減しています。そして、そこに住む人たちの心はかつてよりもひどく荒れ果て疲労しています。これは、なにも仕事が忙しいからという理由だけでもないでしょう。上記のように、日本人が伝統的に習慣とした自然万物との接点が失われ、心にあった神に対する意識も薄れているからでもあるのでしょう。

神を特別に癒しの条件とする意味ではありません。ただ、かつて日本人の心が純粋に調和を持っていたときには、何かに対する畏敬の精神がつねに調和の原点にありました。それが、森羅万象の神への精神だったともいえます。それが日本人の心を美しくも優雅に保てた環境だったともいえます。心はその人の生きる環境を写す鏡です。であるなら、現代人の心がどうしても疲弊してしまったのは、純粋な敬神の心が失われ、仕事と利益追求、それにより新たな人生の価値感に結局は疲れ果てているからなのでしょう。

宗教や信仰というものが誕生しては消えない理由は、それが人間に必要なものだからです。どうしても、人間の生活には不安や未知なものへの恐怖が伴います。それを、神や宗教といった守護神を得ることで、心を平常にして豊かにすることができるという理由も存在するでしょう。

日本人が、自分で作り出した神道という思想は、大切に心にしまっておくといいでしょう。それは、日本人が心を安らかに生きていくために必要とした思想でもあるのです。日本の四季の色や自然の瞬間に遭遇するたびに、そこには感動や癒しがあります。そして、それを与えてくれているのは、森羅万象の神なのだという思想は、やはり日本人を癒してくれる日本人特有の心といえるのではないでしょうか。

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