アートの癒しパワー

ビルエバンスの魂と交信したとき

 僕にとって最高のピアニストはビルエバンスであってこれは死ぬまで変わることもない。「最近、どんな音楽が好きですか?」という問いもよくこの数年は受けるけれど、思い出すといつもビルエバンスと答えてきたような気もする。すでに僕の中ではロックは一部のグループを除けば、頻繁に聞くこともないし実はかなり昔に飽きた。だから、それはもう追いかけない。けれど、飽きない音楽がある。そのひとつがビルエバンスの作品であることは疑いようがない。毎日寝る前に聞いてからでないと寝れない日々もあるし、どれだけビルエバンスのピアノで荒れた心に静謐を取り戻したことがあったかしれない。ビルエバンスのピアノは僕にとっては、ビートルズやモーツアルトが世に天才の存在を証明したように、彼こそがピアノの音に潜む魂を教えてくれたアーチストだった。

実はビルエバンスの「ワルツ・フォー・デビー/Waltz for Debby 」の中からは、そのワルツ・フォー・デビーとマイ・フーリッシュ・ハートはあまりに感激して即座にコピーに走った想い出がある。耳で音とって毎日練習して、結構似た音が出るようになって端正で理知的なビルエバンスのピアノが再現できてきたときは心から嬉しかった。しばらくの間、僕がピアノを弾くといつもビルエバンスの曲を弾くので、ジャズに興味がないカミサンまでしっかり曲を覚えてしまったほどだった。

あるとき、下北沢のジャズ喫茶でこのアルバムが流れてきたとき、僕は何故か涙が流れてしまった。理由はわからなかったし、別に私生活上の理由もなかった。ただ、ビルエバンスの音の向こう側に当時はもう他界していたビルエバンスの心、まじめに語れば魂に触れたような感覚になったからだ。なぜか、魂と交信して嬉しさがこみ上げてきて、そしてここにその才能がもういないことに極度の寂しさを感じたのかもしれない。僕は、ピアノという楽器の音を聴きながら、そのプレーヤーの魂に触れた気がしたのだ。うそでもない、本当の話。

魂の輝きと名盤の意味
こんな録音が行われていた1960年代初頭のニューヨーク。ビレッジバンガードでは、この日、Sunday at Village Vanguard も録音され、レコードとして残っている。アーチストも人間であり、感情がある。感情がよい状態であれば、魂がこもり演奏も輝きだし、録音は名盤となる。だからこそ、名盤には魂が宿るのだろう。だからこそ、名盤は永遠に光を放ち続けるのだろう。

 ビルエバンスの作品はほとんどが好きだけれど、このワルツ・フォー・デビーについて書けば、「僕は何度この作品で心を取り戻したのだろう」という感慨になる。ビルエバンスの人生を研究したり読みものを読んだり、ということは興味はない。知らなくてもいいけれど、それ以上に作品から受ける印象…つまり、ビルエバンスはどんな人生を歩みどんな感情をもって作品を残していったのか、という自分なりのビルエバンスへの印象を僕は大切にしたいように思っている。たとえそれが正確でないとしても、ビルエバンスとの遭遇は僕にとってはそんな感受性の交信の上に成り立っているのだ。

出会えてよかったアーチスト、出会えて嬉しい作品は、やはり存在する。そして、僕にとっては、ビルエバンスのこの作品は出会わなければならなかった運命だったのだ、と勝手に思っている。