アートの癒しパワー

スメタナのモルダウを知ったときの感慨

 かつて、カナダに旅したとき小さなベッド&ブレックファーストに宿泊した。宿は、移民の国・カナダを物語るようにチェコからのご夫婦が活気にあふれて切り盛りしていた。活気あふれる、とは言っても、そのときは11月になっていて、カナダ(そこはウィスラー)はすでに雪に埋もれていて、外は令か20度くらいまで下がっていた。思い出すと、凍りつきそうな寒さだけれど、カナダで暮らすと寒さは当たり前なので次第に気にならなくなっていくから不思議だ。

とはいえ寒い。普通なら、夕食が終わってまた酒でも飲みに出かけるのだけれど、そのときは宿の前にすでに大雪が積もっていて外出もやめて宿の中で語らいを楽しんでいた。チェコからのご夫婦は、日本のことも良く知っていて結構話をするにも楽しかった想い出がある。僕は、チェコの情報などはあまり知らないから、あらん限りの話をしてなんとか国際交流の場面を作っていた。お笑いだけれど、その場はそれで精一杯。

話は文学から政治までいろいろと質問を受けては応えるという感じで、もうこっちも考えてから話すので結構大変だった。でも、僕が音楽の話で「スメタナのモルダウ」が好きだ(これは本心で)といったとき、そのご夫婦は突然黙り込んでしまって、しばらくしてから涙を流しながら故郷を語り始めるのだった。モルダウは美しい曲で、チェコでは第二国歌として国民を代表する名曲でもあるのだけれど、その話をしはじめて、ご夫婦には遠く移民してきて離れて思う故郷の国に心が動いてしまったのだ。

ちょっと逆に考えると、僕たちは海外で日本の話をしたりしても国歌を語ることもない。オリンピックなどのときに、君が代をテレビで聞いて日本を思い出しても、その曲に涙することはあまりないのかもしれない。しかし、チェコの人々にとってスメタナは国人的な作曲家であり、このモルダウは国民の心の曲でもある。だからこそ、その曲を知っているという僕に出会っただけで喜んでくれるし、そこから故郷を思って涙まで流してしまうのだろう。

僕はそんな光景をみて、少しうらやましく思った。なぜなら、僕には(個人的な話だけれど)君が代を聴いてもまだなにか心に訴えてくるものまではない。もちろん、国歌というものは、国を思心が強くなるにつれて意味を増すものだから、僕にとっては単にまだ国歌を聴いて日本を懐かしむほどの歴史が過ぎていないからなのだろう。でも、歌・曲という音楽が国民の心をひとつにできる国歌というのは幸せなことだろうとは、やはり思うのだ。チェコにスメタナがいるように、オーストリアにはモーツアルトがいて、ロシアにはチャイコフスキーがいる。ドイツにはベートーベンがいて、ポーランドにはショパンがいる。アメリカにはプレスリーがいて、イギリスにはビートルズがいる。それと同じことだ。世界が賞賛する音楽を持つ国というのは、なにかやはりうらやましさがあるものだ。

 

日本人として、僕はそのときあまりに日本の音楽を知らないということに気づいた。別に毛嫌いしていたわけでもないけれど、僕は長い間、日本古来の音楽を知らなかったということだった。正直に言えば、別に日本のロックやポップスを知らなくてもあまり後悔はない。それ自体がすでに海外のコピーミュージックなので、あまり日本のロックやポップスに染まらなくてもエッセンスのオリジンは海外だからよくわかる。でも、日本人が古来から親しんできた音楽や音のある生活というものを、それ以来僕は興味を持つようになった。やっとだけれど。

そして、日本古来の音楽というものは、知れば知るほど深い。ある意味では怖いほどに意味が深い。人類の営みや、民族の血と歴史、そして未だ知られていないその起源など、どれもが知るほどに日本そのものの歴史・誕生・成長と深く関連していることに気づかされていくのだった。その行き着く先は「日本人の正体」となる。これは恐ろしく深いテーマだけれど、日本の伝統を追い続けると、おそらく結局はそこに流れ着くことになる。このテーマで書き始まると、おそらく音楽などという一分野の話で終われるものではなくなるし、宇宙的な神秘の世界に突入していっては、おそらく終わりのない議論へと進むしかないのだろう。だからここではそのテーマには触れない。けれど、わかったのは、音楽には民族の起源があるということ。音楽は単なる聴覚の快感だけではなく、その起源には民族の血の誕生からの由来があるということ。だからこそ、国歌の音を聴くとき、そこに国民は民族の血を思い返すのだろう。

チェコのご夫婦が、そこまでの探求の果てに涙を流したという意味ではない。しかし、チェコの第二国歌であるスメタナのモルダウを聴いたとき、彼らには間違いなく「民族の想い」が去来していたのだろう。忘れていた真実を取り戻したからこそ、涙が止まらなくなったのだろう。音楽とは、民族の音だから。

翌朝、僕はその宿を旅立った。朝食の席で、僕のためにといってご夫婦がレコードをかけてくれた。もちろん、スメタナのモルダウだった。その曲を聴きながら、彼らの顔を見た。モルダウを聞き、一点を見つめながら無言でパンを食べる姿には、チェコの人々の歴史が浮かび上がるような思いがした。今も消えない想い出が、スメタナのモルダウには残っている。