アートの癒しパワー

「ジョンの魂」を聴くときは、魂でしか聴けない

 評論的な外野の話が何にも意味を持たないアーチストという存在、言葉で語る意味が全くないアーチストがいる。その、筆頭はジョンレノン。そして、その代表的な作品が「ジョンの魂」。

さすがに、ビートルズファンの僕に対しても(いや、世間的に見ても)ジョンレノンのこのアルバムの中身を評論的にツベコベ語るアホはまだ見ていない(おそらくいないだろう)。もし、そんな輩がいたらその人は本当に人間の心を持っていない。もちろん、音楽の心ももっていない。なにか別の尺度で生きている人なのだろう。だから、そういった希少な例外は相手にする必要もない。

僕がこの作品を最初に聞いたのは、高校のときだった。ビートルズも好きだったし他の音楽も好きだった。少しはジャズも聴き始めていただろうか。でも、ジョンの魂を聞いたとき、価値観が180度変わった。間違いなく変わった。この作品には僕が知っていたビートルズのジョンレノンはもはやそこにいなかった。そこには、「狂人、弱者、異端児、鉄人、哲学者、作詞家、作曲家、天才、そしてジェラスガイのジョンレノン」が丸裸でまっていた。そこにはギタリストのジョンレノンやピアニストのジョンレノンは影すらも感じなかった。なぜか。ジョンレノンは音楽を自分と同化してしまったのだ。そこにあった音楽はジョンレノンという肉体に宿った魂そのものとなっていたのだ。だから、当たり前すぎるけれど、もう馬鹿の一つ覚えのギターテクニックで語るロックや騒々しさだけが売り物のロックなどはそこに存在せず、そんな会話は稚拙な娯楽空間へと追いやられた。

ジョンレノンは、もちろん天才であったけれど、その実像を見たのはこの作品がはじめてだった。天才の孤独、葛藤、優しさ、夢、現実、そして才能と精神の彷徨いまで、この作品ではあまりに強烈で赤裸々なジョンレノンの内面だけが聞いていた僕に突き刺さってきた。僕にはギターの音やピアノの音、ドラムの音などほとんど聞こえていなかった。ジョンレノンの声、またはそこにあるジョンの魂だけが聞こえていた。しばらく後になって、リンゴスターがドラムで、クラウスヴァーマンがベースで…なんてこともわかったけれど、そんなことは逆に知らなくても別に何の問題もなかった。楽器の弾き方だのなんだの…話にも出ないし、考えもしない。むしろ、この作品の中の演奏は後で気づけばみんなあまりに簡単でシンプルだ。でも、比較のしようがないほどの質量・重力を持っているのがこの音楽であって、まったく陳腐な「テクニックやカッコよさ」なんていう言葉が入り込む隙間はない。ゼロだ。

僕は高校時代、三島由紀夫、カミュ、ラディゲ、サルトルなどのある種実存主義哲学・心理文学に染まっていた。そこには、人間の真理を追う「理知のアート」があった。硬質で付け入る隙間もなくダイヤモンドのように完璧であって、輝きと永遠性をもったアートだと感じていたし、その存在をいまだ他のアートには発見していなかった。しかし、「ジョンの魂」は僕に、明らかに別の分野の天才がアートを表現するという事実を突きつけてきた。ロックという音楽は、多くはリズムで体ゆすって「カッコいい」って気分で娯楽のひと時を楽しむようなものだったし、多くのロックは今でもそうだ。けれど、ジョンレノンという天才は単に表現手段を音楽においただけであって、それはすでに「音楽」という限界すら突破していた。ジョンの魂は明らかに、紛れもなく、ジョンの当時の哲学書であり自叙伝であり自身の聖書でもあった。

  こんな作品他に誰が作ったのか?はっきりいうけれど、誰もいない。少なくとも僕はそれまで出会っていない。ジョンレノンという天才だけが、音楽を自分の魂の投影手段として使ったのだった。ディランも近いものは感じるけれど、質量という点では、ジョンの魂には何者も比類しない。

ジョンレノン、そしてジョンがリーダーとして活躍したビートルズはそういうアーチストなのだ。天才が宿る場所であり肉体だったのだ。天才だからこそ、楽器が仮に絢爛の装飾を付け加えなくても、人間の本質が宿る音楽だけで聞くものの心の奥底まで、その才能が到達してしまうのだ。テクニックで人を驚かさなくても、作られた音楽がすでに天才の質量を持ってしまっていた。テクニックなど全く必要としないのがジョンでありビートルズだったということだ。じゃなければ、なぜもっと巧いアーチストのほうが世界で評価されないのか?
ある意味では宗教と同じだ。簡単だけれど、深い。不思議だけれど、惹かれる。それは人生のどの段階かで心に入り込んでくる。そしてそれは時代を超えても生き続ける。

ジョンの魂はジョンレノンという天才が人生で一度だけ無防備な姿で制作した本当の傑作だ。ジョンレノンという人間が記憶される限り、対象が大衆に対してではなくある一部であっても、確実にジョンの声はこの作品をとおして永遠に人間の真理を叫び続ける。そしてそれを受け取る人間は、そこに天才の姿と、人間という宇宙上の有機体が誕生とともに背負わなければならない運命を知らされるのだろう。

ジョンは「神は苦痛をはかる概念だ」といった。つまり、人間は苦痛であるほど神という助けが必要になるといいたかったのだろうか。そこで、ジョンは自分の神を歌った。けれど、僕はジョンレノンを直視して呟きたい。もし誰かがジョンレノンに対してロックの外観だけをもってその価値を語るなら、その人は音楽を知る心、人間を知る心が希薄であるということだ。その人は、自分には絶対に見えない「何か」があるということに気づかないということだ。

「ジョンレノンの音楽、ジョンの魂は我々の心の成熟をはかる概念なのだ」

僕はこのアルバムでどれだけ精神が浄化されたことか…この癒しは神の贈り物だった。